秩父銘仙館

秩父銘仙館

秩父銘仙と秩父織物
 秩父(知々夫)は古くから養蚕が盛んで、古代においては「知々夫絹」と呼ばれる白絹を産していた。鎌倉幕府(1192年)頃より、関東武士の旗指物として採用されている。北条氏邦の家臣で根古屋城(秩父郡横瀬町)の城代浅見伊賀守慶延が奨励し品質堅牢な「根古屋絹」を産出江戸初期には幕府の衣冠束帯用に採用されその堅牢さを「鬼秩父」「鬼太織」と称された。永禄年間(1560年頃)に南蛮渡来の布地を「名物切」「シマ物」(遠い島から渡って来た産物)と称し、茶の湯、武具などの飾り布に珍重され、全国の機業地でその製織方法を争って研究していたが、秩父でいち早く「シマ物」の製織に成功し、現在の秩父銘仙の始まりといわれている。

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